支援レポート

●新校舎ぞくぞく落成

乾季のガピョードー校
乾季のガピョードー校
雨季のガピョードー校
雨季のガピョードー校

ミャンマ-・イラワジ管区では雨季になると地域の約半分は水に浸かります。左の写真はガピョードーの雨季と乾季の学校の様子です。乾季は歩いて登校しますが、雨季は船で通います。この校舎が新たにまれ変わりました。ガピョードー校は小学校までの学校で生徒数56名です。

ガピョードー新校舎
ガピョードー新校舎

●ボランティアと「布施」の心

イメージイラスト

イメージイラスト

れんげ国際ボランティア会の母体である蓮華院誕生寺では「同胞援助」「一食布施」これら2つを統合した「慈悲行」としての募金を募っております。この募金を変わることなく継続的に続けて頂いている信者の皆様、そして当会を信頼して募金を頂いている会員の皆様には本当に頭の下がる思いです。

日本の伝統としての「困った時はお互い様」「情けは人の為ならず」といった助け合いの価値観が「仏教的な奉仕」や、「仏様の慈悲へのお手伝い」として34年間も営々と続いて来たことは現代の日本社会では極めて稀(まれ)なことであり、尊いことであると思います。このような仏教的な価値観は現代社会の様々なボランティア活動の中で大切な考え方の根幹を形成していると確信致します。

●自分よりほかの人のほうが大事

~Others before self「自分よりも先に他の人を」~これは、亡命チベット人の子どものための学校「チベット人子ども村 Tibetan Children’s Villages (TCV)」の庭に掲げられている指導方針である。この学校は長い間、ダライ・ラマ猊下の妹であるジェツン・ペマさんが代表を務めていた。この指導方針も、猊下が提案したものだと言う。

実はこの言葉の元のチベット語は、rang las gzhan gces「自分よりも他の人の方が大事」である。僕は、この原語の方がいいと思うのだが、よく考えたら、TCVの子どもたちは、このチベット語の原語の方を読んでいるのだから、問題はなかった。

●インドネシアからようこそ

先週インドネシアの学生さんたちのホームステイを受け入れました。

これは一般財団法人日本国際協力センターが行うJENESYS2.0というプログラムで、アセアンや環太平洋諸国との青少年交流事業に協力したものです。民間で活発に仲良くすることは経済的なことだけではなく、アジアの平和のためにも大切なことですね。

写真①大茶盛
写真①大茶盛

さて、インドネシアといえばその多くの国民がイスラムです。私たちもイスラムの方を受け入れるのは初めてだったので、少し気を使いました。特にハラル。ハラルとは簡単に言うと、イスラム教の戒律で厳しく制限されている豚やアルコールを含んだものを食さないというものです。食事の準備は豚肉やアルコールそのものはもちろんのこと、調味料やソースの成分も良く吟味して使用しなければなりません。それと出かけている時の1日5回の礼拝場所の確保も欠かせません。でもインドネシアの方は穏やかで礼儀正しい人ばかりで、とても楽しいホームステイとなりました。受け入れには九州看護福祉大学の口腔衛生の学生さんたちが協力してくれました。使い慣れない英語を駆使しなければなりませんが、同じ年頃の女性達は言葉のか壁を越えて大いに盛り上げあっていました。

●盗賊団を改宗させた日本人僧侶

もう十数年前になりますが、インドで佐々井秀嶺(ささいしゅうれい)という感動的なお坊さんに出会いました。

佐々井秀嶺師(右)と当会スタッフ
佐々井秀嶺師(右)と当会スタッフ

ご存知のようにインドは今も“カースト”という身分制度が残っています。日本では考えられない階級社会です。冗談で「うちの職場もカーストみたいなもんだ」などとグチる方もいらっしゃるかもしれませんが・・・。そんな生やさしいものではありません。いわば江戸時代の士農工商であり、職業や結婚をはじめ、たくさんの差別があるのです。最底辺のカーストに至っては「見ても触っても汚(けが)れる」とさえ差別を受けます。同じ人間でありながら、生まれながらにして好きな人と結婚もできない、自由に職業も決められているとなれば、一体どんな気持ちでしょう。

●福島から中高生がやって来る

福島いわき市からの中高生達
福島いわき市からの中高生達

もうじき福島県いわき市から中高生達が来熊し、研修が始まります(8月18~23日)。

当会は東日本大震災直後からいわき市を中心に各種支援活動を行ってきました。その活動は避難所での炊き出し、落語家や音楽家などを派遣して被災者のかたがたに楽しんで頂く活動、さらに学童保育やサロンの運営支援へと移行しました。

このようにこれまで、被災地の経過に応じて現地が必要とする支援を行うことができたと自負する当会ですが、災害から3年以上が過ぎ、被災地から遠く離れていて、組織の規模的な問題もあり、各種活動は現地のボランティア団体に委ねました。

そんな中、今後も是非続けていきたいのが青少年の育成研修事業です。この「ヤングリーダー育成研修」は福島県いわき市の中高生を熊本に招き、将来のいわきの再生のために様々なことを学んでもらおうというツアーです。この事業は今回で3回目となります。

●トイレ改築ビフォーアフター

改築前のトイレ
改築前のトイレ

スリランカの農村部でトイレの新設を行っています。便器から雨ドイを森に突き出しただけのトイレや周りをヤシの葉っぱやビニールで囲っただけものなど、粗末で不衛生なトイレが多く見受けられます。特に子どもたちが使用するものや公共の設備のトイレを作り替えています。

まず、地域の人々を集め、衛生や栄養の講習会を開きます。その中でトイレ建設の重要性を説明し理解してもらいます。また、建築にあたっては、村人たちに穴を掘ってもらったり、砂利や砂、セメントを運んでもらうシュラマダーナ(労働奉仕)を行ってもらいます。これによって建築費をコストダウンできますが、何より自分たちで作ったものなので、長く大切に使ってもらえるのです。

改築後のトイレ
改築後のトイレ

●ミャンマーで学校建設②

学校建設のための務あr人達による委員会
学校建設のための務あr人達による委員会
村総出の基礎作りのための労働奉仕
村総出の基礎作りのための労働奉仕

さて、学校を建てる際は、建てる村の住民達と充分に話し合います。話し合いを進めた後に、まず学校建設委員会を作ります。そして建築費の4分の1をその村で集めてもらうのです。集める金額は学校の規模にもよりますが約150万円ほどです(学校一校の総建築費は600万円前後)。一口に150万円と言いますが、ミャンマーの農村で150万円を集めるのは容易なことではありません。ですからたくさんの村が、教育事務所を通して学校建設のプジョジェクトにエントリーしますが、多くは途中であきらめてしまいます。「じゃあ、お金持ちの村だけに学校が建つの?」実はそうではありません。村では自ら何回も会合が開かれ、次代を担う子供達への教育の必要性や大人として親としての自分達の責任などの意識が高まった村がやり遂げることができるのです。

さらにこの頭金ともいえるお金は一旦はこちらで預かりますが、学校が建った後に運営が継続できるための事業に使われるのです。その事業とは学校農園、養豚、小規模発電、もみ殻発電などです。今年は橋を架けてその通行料を徴収して運営費とするところもあります。言い忘れましたがそのような村では、建設のためのレンガ造りや基礎工事への労働奉仕なども住民たちが進んで力を尽くしてくれます。

●ミャンマーで学校建設①

老朽校舎

昨年からミャンマー西部のイラワジ管区で学校建設事業を行っています。すでに10校が建ち上がりました。

さて、学校は建てても、数年すると学校の体をなしていないことがあります。その理由は途上国では先生の給料が国からきちんと確保されないからです。田舎の学校では特にその傾向があります。

先生の居ない学校なんてどんなに建物が立派でも、全く意味がありませんよね。では、何で先生の給料が確保できないのでしょうか?ミャンマーには基本的に所得税も消費税もありません(車などには大変な税金がかかり、購入価格が倍ほどになりす)。つまり国として基本的な収入が乏しいので教育や福祉に使う財源がないのです。なので前述のようにせっかくできた学校もそのうち充分に利用されなくなってしまします。

私たちはそうならないように、村ぐるみで先生の給料も含め、学校の運営費が出せるような方法を考えました。

つづく

建設途中の鉄骨
建設途中の鉄骨

●変貌するヤンゴン

ヤンゴン
写真①

皆さんは①の写真を見てここがどこかお分かりでしょうか?私はミャンマーに来てもうじき1年が経過しますが、昨日初めて「Junction Square(ジャンクション・スクエアー)」というシriョッピングモールを訪れました。立体駐車場に車を止め、そのまま2階の喫茶フロアに入りますと、一瞬ここは本当にヤンゴンなのかと信じられない思いに駆られました。

中にいる人々は赤毛や茶髪、ネイルアートにミニスカートや腰パンのジーンズをはいて、殆どロンジー(巻きスカート風の民族衣装)を着ている人を見かけません。さすがに日本人には見えませんが、タイ人と言っても分かりません。また、街中なら300チャット(約30円)で食べられるアイスクリームが、店で食べるというだけで1,500チャット(約150円)にもなっています。この店に行くことがヤンゴンの若者達のファッションになっているようです。

昨年11月にも同じような体験をしました。タイの田舎町メーソットにある郊外型大型ショッピングモール「Tesco Lotus(テスコ・ロータス)」に入った時、全く大都会バンコクに居るのではないかという錯覚に陥りました。いたる所で文化破壊が起こり、世界中どこに行っても同じような品揃えと陳列、ファストフード店が立ち並びます。その姿に伝統は消え、多様性を失い、近代化の波に呑み込まれていく人類の行く末に不安を覚えずにはいられません。